定年前からよくお酒を飲んでいて、定年後にそれが加速され問題飲酒になった人。定年前はほどほどに飲んでいたが、定年後いっきに問題飲酒になった人。と定年後の問題飲酒にも大きく分けて2種類になりますが、どちらの場合もすでに高齢者の仲間入りをする年令です。若い時と同じように飲んでは大変危険です。
年をとるにしたがって、体の脂肪量がふえその分、体に占める水分の割合が減少します。アルコールは水には非常に溶けやすいが、脂肪には溶けづらいという性質があります。ということは、体重当り同じ量のアルコールを飲んだとしても、飲酒後の血中アルコール濃度は若い世代より高くなってしまいます。若い時と同じ量を飲んでいても、体に対するダメージはより大きなものがあるのです。酒に弱くなっているということは、依存症にもその分なりやすくなっているという事です。
大量の飲酒は「うつ」の原因になりやすい。また、高齢者は若年者より「うつ」になりやすい。ということは、高齢者の問題飲酒は「うつ」を併発しやすいということになります。
定年後に依存症になった人の場合、本人だけでなく家族さえも依存症とは認めないことがあります。それは、定年前の社会的地位の高い人ほど、アルコール依存症のイメージと自分とに大きなギャップを感じ「まさか私がアルコール依存症なんて」と認めづらいわけです。
定年前なら一家の大黒柱ですから、家族が必死になったり、職場から指摘されたりして、通院したり自助グループに入会したりします。しかし、定年後ともなると家族が必死になりません。好きな酒ぐらい飲ましてあげようとか、まあいいだろうとか、ほっとおけ、ということになりがちです。病院に来られる時には、かなり症状が進んでいる場合が多いのです。
立派なアルコール依存症でも、慢性疾患の内科の病気と診断されることがあります。症状の区別がむずかしいからです。家族の人は、本人の状況をかくさずに医者に伝える必要があります。
定年前でしたら、酒をやめないと会社を首になる、酒を止め仕事をして社会復帰をしていく、という目標がありました。定年後にはこれがありません。家族も本人が酒を止めなくても、当分の間は困らないため、飲ますか、無関心を装うか、にしてしまいがちです。
さて、「定年後は酒を止める動機がうすい」と書きましたが、ほんとうでしょうか。もし、ほんとうなら定年後に断酒した人は非常に少ないことになります。
断酒会では、60歳をこえてから入会した人は全会員の16%もおります。この16%の人達は断酒継続をしております。また、定年前から入会して定年後も断酒継続している人をいれると、合計44%になります。(平成16年)
定年後の人の断酒決断、「きっかけ」はなにか哲学的なもの、難しいものと思っていました。体験談を聞いてみますとそうではなく、「孫・家族・健康・断酒例会」というごく身近な当たり前のものが、キーワードでありました。また、体験談にほとんど共通していることは、「きっかけ」が専門医療・断酒会が密接に関わっていることでありました。
決断は「きっかけ」のみで実行されるのではなく、例えば人間らしく生きたいという基本的考えがベースにあり、これがだんだん成長してきて「きっかけ」が引き金となり決断にいたると考えられます。「きっかけ」は誰にでも訪れてくるものであります。しかし、個人のベースに差があるため、誰でもが決断するわけではないのです。
決断の「きっかけ」はそう堅固なものではありません。「きっかけ」はなにかの事件です。その時点では衝撃として感じますが、それは時間とともに弱くなります。決断して、そして継続をしはじめた時期が一番重要なのです。決断の動機から継続の動機へと変化していく過程が大切なのです。つまりベースを厚くすることなのです。
●定年後の人―やはり健康になりたい、という気持ちがベースにあります。が止める決断はしていません。断酒会に無理やり連れて来られて、仲間・体験談の影響で決断に至る人が多いです。
●定年前の人―止めなければ会社を首になります。離婚されます。いろいろの交換条件があります。一応やめることが前提となっています。決断が出来て断酒会に来る人もいれば、そうでない人もいます。
このように、定年前では経済力(お金を稼ぐ義務)・一家の長として家族をまとめていく義務、つまり本人が持つべき働き・機能、という本人自身の「付帯事項」といってもいいものがあります。これに対して、定年後では「付帯事項」の存在が弱くなっていますので、「健康」など自分自身に動機が向けられます。
しかし考えてみますと、この定年後の「決断の動機」は定年前の「決断のきっかけ」ではなくて、いわゆる決断にいたる「ベース」そのものなのです。つまり、定年後の「決断の動機」は、定年前の付帯事項を抜きにした「ベース」へ直接いたるものなのです。
「付帯事項」であれば具体的でわかりやすいのです。すぐ影響がでるからです。また、誰にも共通した事項です。
しかし「自分自身」であれば、その人その人の価値観・人生観で違ってきます。定年後は「自分自身」の生き方次第で「決断の動機」が存在するのです。
家族のなかの自分の役割、地域社会での役割、断酒会での役割を果たすこと、そのためには健康でなくてはなりません。断酒継続をしないと健康は保てません。また断酒継続をするから、各役割を果たそうという気持ちが湧き上がってくるのです。この役割は定年後の「生きがい」そのものなのです。断酒会員の体験談から、定年後の生きがいを取り出してみましょう。
孫とのコミュニケーション、年長者・苦労人・経験者として親戚の人達の相談相手、お風呂の掃除・洗濯物のとりいれ・たたみなどの家事など、家族のなかに立派な役割があります。
断酒会員にとって飲酒時代は、平穏な暮らしではありませんでした。食べる・眠ることもできませんでした。朝は二日酔いで何も口に入らない、連続飲酒になったら水もはいらなくなります。寝汗をかいて、眠ることも出来ませんでした。
朝ご飯がおいしい・良く寝られる、これだけでもうれしいものです。断酒継続して落ち着いてくると、健康で日々をくらしていくことだけにも、よろこびを感じてきます。この平穏な毎日には、あまりお金がかかっておりません。飲酒時代に使ったお金を考えれば、高い授業料ともいえないこともありません。
ある会員のくらしぶりをみてみましょう。家庭では風呂の掃除・家の修繕などが役割。うまく修繕すると奥さんがほめてくれるらしいです。地域では週1回身障者の送り迎えのボランティア活動。断酒会では前職をいかして会計の仕事をまかされています。また、全国に会がある断酒会の大会・研修会に顔を出し、全国にも友人が多い断酒生活をおくっております。
もちろん、奥さんも平凡・平穏なくらしを求めております。平穏なくらしを続けられるよう努力をしております。それは健康です。体を動かす、よく食べよく会話をすることをモットーとしているとのことです。。